なぜ、社内M&A交渉人が必要とされるのか?
M&Aでは、複数の対立軸によるゲーム的状況が発生します。社内で意思統一を図るための社内交渉では、本社vs事業、事業体vs地域、事業vs機能など複数の対立軸が発生し、組織統合計画やシナジー発現を実現させるうえでの障壁となります。社内交渉人の重大使命は、このようなゲーム的状況の排除と回避と言えます。さらに、社外交渉においても、ゲーム的状況を解決しながら、対立を排除かつ回避させ、全体合意を形成することが、M&A社内交渉人の役目です。
社内交渉人の使命:社内交渉環境の整備
社内交渉人は、客観的に投資回収分析を行い、会社の利益になるM&Aである論拠性を構築し、自ら抗弁できることが重要です。
ゲーム的状況回避と排除を目的とした社内交渉環境の整備のために、社内にない概念やルールを社内規則(フレームワーク)として導入する社内コンセンサスを育成しなければなりません。社内交渉人と社内コンセンサスの育成は、社内人材育成と社内汎用フレームワークを導入する一連の行動です。
組織設計フレームワーク: 構成要素の分解と再構築
社内交渉における組織設計のフレームワークは、取引を分類する手法と組織の階層を設計する手法で構成されます。主たる取引の商流工程と、その付加価値源泉地をポイントで結ぶことで収益の発生構造を明らかにします。組織設計5階層モデルの階層毎にPDCAサイクルを回すことによって、地域拠点、事業セグメント、機能の最適配置、出資による支配権について整合性のとれたグローバル組織が設計できます。
組織設計5階層モデル
社内対立軸をマネジメントするための社内規則としてM&A推進体制の構築、M&Aプロセスの明文化、PMI推進プロセスのルール化を提示します。社内交渉における共通ルール、共通ツール、共通言語となる組織設計フレームワークを提示することが、M&A交渉人の役割です。
ディール全般を通した「指揮者」となる社内交渉人の育成が必須
事業戦略、財務戦略、人事戦略など、企業は多くの戦略を持ちますが、戦略立案と戦略実行の主体が異なることもゲーム的状況が発生する要因です。本社が立てた戦略目標について、実際には異なった部門がかかわるとき、同じ企業内で複数の戦略推進者による役務配分、収益配分などのゲーム的状況が発生します。したがって、ゲーム的状況を回避するためにはディール全体をマネジメントできる指揮者が必要とされます。優れた指揮者は、結末を設定し、全体ストーリーを組立て、実行に落とし込むことができます。このような優れた指揮者がいるディールチームは、各専門家の個性を発揮できるようなリーダーシップのもと、巧みな戦術がストーリーとして共有され、自律的に行動を起こすプロフェッショナリズムが有機的に機能し、M&Aディールは輝きを放ちます。そのような指揮者がいないディールは、明確な戦略が共有されることもなく、専門性も無機的に相乗効果を生むこともなく、ゲーム的状況を解決できないまま迷走します。
社内M&A交渉人に求められる資質
交渉力学を見極める資質
交渉人が属する企業やディールの性質を、交渉相手との交渉力学上の相対位置を認識できることです。交渉相手と自身の組織を客観的に捉えて、ディールの性質を把握し、交渉妥結点を見定めながら、自身がどのような交渉カードを持ち、どのように駆け引きしながら、譲歩できる点、譲歩できない点を担保する交渉戦略をあらかじめ立てられる資質が求められます。さらに、交渉において自陣に有利に導くためには、自身の得意の交渉カードを持つことが重要です。M&A交渉においては、多彩な交渉カードと勝ちパターンを学ぶことで、交渉力を身に着けることができます。「定石の勝ちパターンを持っていること」も、交渉人に求められる資質です。
第三の利害関係者の恣意性を見極める資質
第三の利害関係者として財務アドバイザー、法務アドバイザーなどの専門家に頼ることになります。外部専門家の参加によって、複数人のゲーム的状況が発生します。セルサイドのアドバイザーは、誰に売却しても手数料を得ることができますが、バイサイドのアドバイザーは、そのクライアントが有利な提示をしないと成功手数料が入りません。そのため、ディール成立を優先して、提案内容に恣意性が入ってしまうことがあります。。クライアントサイドが、バリュエーションなどのテクニカルな話に疎い場合も要注意です。提案の意味や、契約書の内容も読まず、不利な契約をするケースがありますので、契約主体者として提供される役務(サービス)を自分の目で理解することが求められます。事業法人が自ら作成するべき事業計画やPMI計画を外部専門家に依存しすぎたり盲目的に従いすぎることのリスクを認識する資質が必要です。意思決定権を持つ経営層に的確な現状を伝え、ディールメイクと舵取りを行うためには、指揮者としてディール経験値が高いだけでなく、複数人のゲーム的状況を理解し、責任感をもって自らの意思を持ってマネジメントできる資質が求められます。
バリュエーション知識を実体験として応用できる資質
社外交渉に勝つも負けるも交渉人のバリュエーション技量次第です。M&Aを推進するためには、体系的な法的知識、企業財務知識、価値計算、ストラクチャリング、デューディリジェンスなどディール実務推進上の広範な知識が必要とされます。バリュエーション技量とは、ディールの失敗と成功を積んで形成される経験的知識です。支配力や影響力という会計上の知識を、実際の組織内にて実効性を発揮させることが如何に困難であるかは、組織内での相当の実体験がないと認識できない性質のものです。ゲーム的状況や交渉力学という概念を肌感覚で理解する資質が求められます。
「オーケストラ型チームの指揮者」たる資質
M&Aの各プロセスは、それぞれの分野の専門家が必要に応じて集合する「オーケストラ型チーム」が最適です。オーケストラ型チームの特徴は、
代表取締役の直下によるプロジェクトチーム
専門家集団による分業体制
オーケストラ型チームの成否決定因子は、「プレ&ポストディールを通した指揮者」の存在。各プロセスの推進能力がある人材をディール全体の継続的推進責任者として配置する
法務、財務、経理、人事、労務などの専門家がそれぞれの専門パートを受け持ち、経営企画部門が事務局を担うのが一般的なスタイルです。指揮者役は、事務局の中心メンバーを指名するのが理想的です。意思決定権をもつ経営層はそのような人選を仕組む必要があります。
「問題解決型リーダーシップ」の資質
各M&Aプロセスにおいて、適した企業内専門家を連携させる機能させるためには、問題解決型リーダーシップが求められます。問題解決型とは、自分自身で解決への道筋を考え、判断することができる力です。多くの選択肢から、優先事項と非優先事項をあらかじめ星取表でまとめておくなど、戦略的に導くことが求められます。
組織設計工程の指揮者役への育成
M&A交渉人の社内育成には、やはり実戦経験は必要になります。M&A交渉人には、広範な知識を戦略に落とし込む資質が重視されるため、社内で育成するには相当なディール経験を積ませることが必要になります。
M&A交渉ゲームが目指すところは、あらゆる社外交渉、社内交渉において発生するゲーム的状況を回避かつ排除できる社内人材の育成にあります。そして、M&A後の組織設計図を自ら描いて、社内検討を行いやすくするための組織設計フレームワークを提起し、それが汎用化されるまで提起し続け、国際的なM&A環境整備に貢献することが、M&A交渉ゲームのゴールです。
まとめ:M&A交渉人の社内育成ポイント
M&A社内交渉人の育成は、プレディールとポストディールを一貫して推進できる指揮者育成であること理解する。
社内専門家、社外専門家によるオーケストラ型チームのリーダーとして、第三者に依存しすぎることない資質を養い、プレとポストのプロセスの人的断絶をなくすという自律的プレイヤーとしての責任感を持つ。
M&A交渉人として、社外交渉と社内交渉に必要とされる資質を認識する。広範な知識体系の習得に加え、M&A組織設計や交渉に落とし込む独自の世界観を成熟させる。
M&A交渉ゲームにて、組織設計工程を疑似体験することによって、定石となる勝ちパターンの習得することは独自の世界観を成熟させる手段であることを認識する。
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